子育ての「へそ」(医学と音楽 No25)
徳島大学医学部 第一内科 坂東 浩
へそを出した子供達が戯れている。なわとびや長縄(ながなわ)で遊んでいる子、跳び箱からマットに身を投げ出す子など。3歳の子もいれば小学校高学年の子もいる。ぶらさがったり、逆立ちしたり、ボールを投げたり蹴ったり。みんあ、キャッキャッ、ワーワーと楽しんでいる。
これは学習塾ではなく、体育塾「ネーブル」でのひとこまだ。ところは群馬県渋川市。日本のちょうど真ん中に位置し、「日本のへそ」として売り出している街。そういえば、へそはドイツ語ではナベルで、果物のネーブル(navel)にもへそみたいなところがあったっけ。
体育塾の指導は興味深い。長縄跳びは、入って、跳んで、というタイミングが難しい遊びだ。マスターするコツは、歌わせてリズムを取らせること。うまく入れれば、1回旋2回跳びを教える。次の段階は1回旋1回跳び。このリズムを身体に覚え込ませるため、「郵便屋さんの落し物・・・1枚、2枚・・」と歌わせて、床に手をつかせるのだ。このリズム感が、なわとびの二重跳びなど高度な技術へとつながっていく。これは、昔なら「音体」という音楽と体育を一緒にしたものだ。まさに、音楽運動治療を実践していると言える。
音楽があるとステップを踏みやすい、と言われている。それはなぜなのか、音と運動について少し考えてみよう。
まず、五感の中で聴覚は、タイミングを掴まえるという点でもっとも鋭敏で優れている。だから、陸上の短距離のスタートでは、光よりも音を用いるのだ。そのほうが、反応が速いからである。
次に、一定のリズムの音があると、うまく歩けることがわかっている。脳卒中患者のリハビリで、歩行練習をする際には、音や声かけがあると格段に違う。その理由は、一定間隔の音を聞くと、筋肉は収縮する前からその準備のために緊張できるからだ。これは神経筋同調法という医学的理論で、「聴覚リズムによる筋運動準備過程」と呼ばれる。以上より、リズミカルな聴覚刺激に合わせて動くと、我々の筋肉はリズムに同調してうまく興奮できるのである。動きのタイミングが向上し、動作のぎこちなさがなくなると、いろんなスポーツに習熟することができる。
さて、子供達を指導しているのは、社交ダンス師範で耳鼻科医の父を持つ小松秀司氏である。スケートを父から学び、大学時代には全日本レベルで活躍し、国体にも数多く出場。長年教師として学校で体育を教えながら、県のコーチとしてスケート選手の育成に関わってきた。
小松市は現在、小中高校生のスケート選手を育てている。1年の半分は毎日スケートリンクに送り迎えし、自分の子供のように面倒をみている。すでに全国レベルの子供も育ち、将来オリンピック選手が出てくるかもしれない。スケート専門の学校やクラブで鍛えられた選手達に負けない理由を、私なりに分析してみた。
1)幼稚園のころから体育塾で面倒をみて、子供達の運動神経や性格を熟知している。スケート競技は苛酷で孤独である。まず素質をある程度把握しておかなばならない。
2)子供の体調や都合を聞き、決して無理強いをしない。だから長続きする。これはピアノなど長年にわたる音楽の修練にも共通するものだ。
3)選手、教師、コーチの経験があり、正しい路線にそった方法がとられている。
4)室内トレーニングでは、自転車漕ぎも行なうが、これで最大筋力や中等度筋力のパワーが測定できる。この記録は長年にわたって、各自のチャートに残されている。進歩の状況は子供自身がよく理解しているので、今がんばらなければ伸びないと自覚できる。
5)必要な際にはプロテインを摂取させ、栄養学的な配慮も欠かさない。少人数のために、長期的視野できめ細かい指導ができる。
それではスポーツ医学の観点から、3名の子供の3年間の経過をみてみよう。
Case1は中学2年の女子。身長が20cm伸びた3年間に、除脂肪体重は1.5倍に、無酸素パワーは2倍に増えた。特徴は1年通じてコンスタントな成長。インラインスケート全国大会では一般女子部門で優勝。くやしいけれど筆者より速く滑走するのである。
Case2は中学3年男子で長距離専門。筋力は秋から冬にぐっと増えるが、春から夏は増えない。この半年は学校の陸上クラブで走っており、いつも筋肉が疲れ気味であることが推察される。
Case3は中学3年男子で短距離専門。県下の有力なスケート選手の一人で、*の期間に県下の合宿に参加した。いきなり重いウェイトトレーニングを実施して腰を痛めたため、パワー値が減少。その後は幸いに回復し、県のジュニアチャンピオンに。しかし、グラフの伸びからみて、数年後のパワー値やスピードスケートでのコンマ何秒という僅差のタイムには影響があるだろう。選手が大人の場合はアドバイザーとしての責任は小さいが、選手が子供の場合には、指導者の判断ひとつで選手の将来性が大きく変わる。詳細に研究し責任をもった指導が望まれる。
ところで、近年、従来考えられないような子供の事件が多発し、心の健康や教育について議論されている。先日、子供の身体について、「もはや生き物としても危うい体で国家的危機だ」、という記事を見つけた。テレビゲームに没頭するなどが原因で、運動不足になっている子供に様々な障害が起こっている。背骨のゆがみ、股関節の痛み、足底の不発達、背筋力や持久力の低下、視力異常、低体温児、高体温児、血圧の調節異常などが挙げられている。
子供の心と身体は未成熟であり、愛情がこもったケアは親の責任である。お母さんのお腹のなかで、胎児はへその緒から栄養と酸素をもらって育つ。ヒトは生まれた後もずっと庇護されるから、すくすくと育つ。両親や指導者は、子供の言葉をきちんと受け入れ、「へー、そう」と共感を示しながら、大きく育てていってほしい。
内科専門医会誌 Vol.12
No.2 2000.5 346〜347ページより引用 |